dondurma

都市伝説 ~ 恐怖のドンドゥルマ ~

あらすじ

主人公は元特殊部隊の落ちぶれた中年男、大崎。妻に先立たれ、娘との仲は最悪。

ある日、大崎はアメ村に出現するトルコアイス屋の都市伝説を耳にする。

そのトルコアイス屋をぶちのめせば、どんな願い事も叶うという。

しかし、もちろんそのトルコアイス屋はただものではなく、多くの人がそれに挑んでは、不可視の剛腕に殴り殺される超危険怪異である。

大崎は娘との信頼関係を取り戻すため、そのトルコアイス屋の討伐に挑戦する。

 

 この場にいるのは大崎とトルコアイス屋。
 他に邪魔者はいない。
 完全に一対一の真剣勝負。
「トルコアイスを1つ頼む」
 大崎のその言葉を合図に、戦いは始まった。

 

第一話

 夜のアメリカ村。

 街のネオンライトが通りを照らし、賑やかな音楽が店から漏れ、若者たちの笑い声が空気を満たす。人々はレストランやバー、クラブハウスへと足を運び、それぞれの時間を楽しんでいる。

 しかし、そんな賑やかな街も裏通りに入れば一気に雰囲気が変わる。色あせた看板、穴の開いたシャッター、蔦に覆われた壁。表の賑わいとは対照的に、静寂と不気味な湿気がそこを支配していた。暗い路地に吹きすさぶ風が、どこかの扉をギシギシと軋ませている。

「ハァ…ハァ…」
 その青年は拳を構えながら、大きく息を荒げていた。
 その体には生々しいアザや傷が目立ち、額には大量の汗粒が光を反射している。彼はもうほとんど限界で、立っているのもままならない状態なのだ。

「ハァ…ハァ…」
 青年は前を向く。
 そこにいるのはひとりのトルコアイス屋。
 褐色の肌に、濃い眉毛をした男。赤い円筒形の帽子と、金の刺繍が入ったベストを着用していた。男は2メートルはある長い金属棒を持っていて、その先端にはこぶし大のアイスが付いている。
 男はそのアイスに下からドッキングするようにコーンを装着すると、そのまま棒を青年の前に差し出した。

「…………」
 黙って目の前のアイスを見る青年。
 アイスは雪のように白く、そこに肌色のコーンが装着されている。
 ごくり、と彼は唾を飲み込んだ。
 こうして差し出されるのは3度目だ。これ以上ダメージはもらえない。彼は今や、差し出されるアイスに対してはっきりとした恐怖を感じていた。
 さっきは奇跡的に急所が外れて一命を取り留めたが、次はそうもいかないだろう。

 微かに震える彼の両手。
 出来ることならこのまま何も起こらず終わって欲しい。けれど、それなら一体自分は何のためにここまで来たのか分からない。頭の中で葛藤が繰り広げられ、彼は思うように動くことが出来なかった。

 一方、その様子を見たアイス屋は、青年が動けないことを楽しんでいるようだった。棒の先端についたアイスを青年の鼻に近づけてはギリギリで離す。また近づけて離したりと、挑発を繰り返す。

「な、舐めやがって…!」
 この行動には、流石の青年も黙ってはいられなかった。恐怖よりも怒りの感情が彼を支配する。「僕を…バカにするな……!」。
 彼はまだ若く、頭に血が上りやすいタイプだった。さっきまで慎重に相手の出方を伺っていた彼だが、気づくと怒りに身を任せていた。何も考えず、がむしゃらに手を動かしてアイスを取りに行く!
「もらったぁ!!」
 するとアイス屋の油断もあったのか、青年は差し出されているアイスの、そのコーン部分を見事掴むことに成功。一気に手を引きトルコアイスを奪い取る!
 青年は完全に勝利を確信した。
 彼はその手を上に伸ばし、アイスを天に掲げて高らかに宣言をする!
「僕の勝ちだあああああああああああ!」
 
 
 ─────しかし、次の瞬間だった。
 
 
 気づくと青年は右胸に渾身の掌底を受けて後ろに大きく吹き飛び、背後の建物の壁に思いっきり打ち付けられた。
「ゴハッ…!」
 彼を中心に蜘蛛の巣状のひびができる。口から血を吐き、うまく呼吸も出来ない。

 彼は見ていた。
 彼が勝利宣言をした時、トルコアイス屋の背中からエネルギー思念体のような半透明の腕がもう一本生えたことを。
 そして気付くと吹き飛ばされて壁に大の字になって張り付いている。あばらも何本か折れているようだ。
「は、話が…違う…」
 どうしてペナルティ攻撃が発生しているのか。青年は最後、確かにアイスを奪い取った。アイスを奪えばこちらの勝ちというルールだったはず。
 どうして自分は攻撃されたのだろう。現に今も、彼の右手にはトルコアイスが握られている。

「…………………あれ?」
 だがここで、違和感に気づく青年。
 確かにそこにはコーンが握られていた。先ほどアイス屋から奪い取った、肌色のコーンをちゃんと彼は掴んでいる。

 けれど、そこに肝心のアイスはなかった。

 彼の手にあるのはただのコーンのみだった。
 上に乗っているはずのアイスはどこにも見当たらない。吹き飛ばされたときに落としたのか?と周囲の地面を見てみるが、どこにもアイスは落ちていない。

 ハッとして、青年はアイス屋を見る。
 道の向こうで、トルコアイス屋は笑っていた。
 そしてよく見ると、彼の棒にはアイス、そしてコーンがついているのだ。
「ばか…な……」
 彼は思わずそう呟いた。アイス屋の棒にはアイスだけならともかく、まるで最初から何も起きていないとでも言うように、コーンまでついているのだ。
 青年はもう一度自分の右手を見る。
 そこには当然だがコーンがある。これは幻ではない。

「ま、まさか……!」
 ここで彼は思い出す。
 トルコアイス屋たちの使う秘儀。実はコーンを2枚重ねておくという技のことを!
 つまり彼が掴んだコーンのさらに内側にコーンがあったのだ。外側の偽物のコーンだけを取らせて、本物のアイスとコーンは渡さない。
「これが…フェイクコーン……!」
 そう言うと、青年はそのまま力なく地面に崩れ落ち、完全に動かなくなった。
 
 
 
 
 それは大阪心斎橋、アメリカ村で起きた事件。
 そのトルコアイス屋から、アイスを奪えたものはいない。  
 
 
 

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